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小沢健二がMステ生放送で朗読した詩「自作をする」には力がある

小沢健二がMステ生放送で朗読した詩「自作をする」には力がある

 

小沢健二がMステ生放送で朗読した詩「自作をする」の内容全文の考察

 

小沢健二がMステ生放送で朗読した詩「自作をする」の内容全文には、19年ぶりのシングル曲で名曲「流動体について」と関係をしている部分が感じ取れます。

また今までのオザケンの曲たちに共通する信念が隠されていると思います。

今回は小沢健二がミュージックステーションで「本当に言いたかったことや思いとは一体どんなものだったのか?」について、紐解いていきたいと思います。

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小沢健二がMステでコロナ禍後の生放送で朗読した詩「自作をする」には大きな力がある

 

2020年5月8日金曜の夜。

日本人にとって金曜日の夜といえば想像するのが容易いもの。

それがテレビ朝日のゴールデンタイムだ。

勿論、今となっては夜7時からのドラえもんやクレヨンしんちゃんは枠移動をしてしまったが、夜8時から放送をしていたミュージック・ステーションだけは放送時間を1時間繰り下げて、夜9時からの移動で尚、ゴールデンタイムで放送をされている。

まず最初に「Mステが何故それほどまでに重要なポジションなのか?」について考えていきたいと思います。

これが理解できると、「何故、小沢健二はMステに拘るのか?」が見えてくるような気がする。

勿論、タモリさんとの深い関係性によるものも大きく影響をしているのは自明ですが、その関係性を超越するような大きな経済的な意味もあるかと感じます。

現在、民放の放送局に於いてゴールデンタイムと言われている、夜7時から夜10時までの放送時間帯で、ミュージック・ステーションだけは視聴率が一桁続きでもお構いなく放送が続いている。

これは、ゴールデンタイムではないが、フジテレビのミュージックフェアも同じことが言えるのではないかと感じる。

二つに共通しているものが広告スポンサーである。

ミュージック・ステーションはavexやジャニーズエンターテイメントなどの音楽事業が目立っていて、ミュージックフェアはシオノギ製薬1社提供。

去年2019年度に大きな企業が宣伝広告費に使う費用、即ちテレビCMの広告費がある。

実はインターネット広告宣伝費の方が、TVCM広告費を抜いていた。

それでもゴールデンタイムや民放の放送スケージュールと呼ばれているタイムテーブルの中で、確実な音楽好きや音楽に興味がある層に対して、CDや配信用の新譜音源、またブルーレイなどのソフトなど、テレビの中で広告が出来るタイミングが減っているため、ミュージック・ステーションはなんとしてでも継続する必要があるのではないかと感じる。

視聴率は1%が100万人という計算であるので、ミュージック・ステーションの近年の視聴率が9%前後と考えると、それでも900万人は視聴をしていることになる。

また2時間のスペシャルや年末のスーパーライブになると、数字は飛躍して15%前後を叩き出す。

音楽好きならばミュージック・ステーションの存在は尊い。

久々にタモリさんが生放送で観ることが出来るという点に於いても今回のMステの放送はなんだか価値があるような気がしてくる。

今回のMステ生放送再開の報道が広まった直後、ツイッターでは「テレ朝、絶対にタモリさんにうつすなよ!」といったツイートが多く見受けられたのも、それだけ音楽ファンにとって大事な番組であり司会者であるということの存在意義を再認識させられた瞬間でもあった。

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小沢健二が披露した詩「自作をする」

 

小沢健二がコロナ騒動により生放送を自粛していたミュージック・ステーションに出演をしたことはやはりオザケンファンとして納得がいく。

その訳は、リモート録画によって放送をされた名曲「流動体について」の前にあった。

最近の小沢健二のライブやコンサートツアーを知る人であればお馴染みの、いわゆる文書の朗読。

小沢健二本人もエッセイとか詩とかという表現を今まではしてこなかったため、所謂、「今、感じている文章」だそうだ。

小沢健二が音楽業界から姿を消したあと、こっそりと続けていたライフワーク、社会風刺的童話「うさぎ!」(現在の日本の状況を予言しているような文章が多く書かれている)の連載からも想像できるように、オザケンとしてメッセージを発信する強さが彼にはある。

アメリカ文学のイズムを秘めたエッセイの数々のような難しい内容ではなく、今回、ミュージック・ステーションで披露をされた詩はとても明確でわかり易いものだった。

それは以前、NHK「SONGS」で放送をされた際に朗読をされた詩の数々とは意味が違っているようにも感じた。

朗読をされたタイトルは、「自作をする」。

聞いた途端、頭の中に過ったのはヘーゲル・マルクスの疎外論だった。

物を作るとそのものがよそよそしてくなる。

マスクを作ること。

餃子を作ること。

この喩えをチョイスするあたりがオザケンだと感心する。

現在のオザケンファンは男女5:5だと言われているが、今回のコロナ騒動で心的ストレスを抱えている女性(オザケンの歌詞的には、「胸を痛めて」)に向けて、もしくは子供や家庭を持つママや妻に向けて語られているようにも感じられた。

仕組みを知ることは、自信を持てるようになること。

以前、オザケンが復帰をした直後に朝の情報番組「スッキリ」に出演をした際に語っていた言葉が印象的に蘇った。

それが、「世の中の仕組みを知らないで生きていくって怖くないですか?」「世の中の仕組みを知るためには、根本的なアメリカの経済や文化を知る必要がある」「今はなぜこんなことになっているのか?今の経済や社会情勢についての経緯が説明がつくほど理解したので怖いものはない」。

今回の自作をするという詩と繋がるものを感じます。

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Mステ終了後のTwitterの反応と急上昇ランキングにランクインした理由

 

その夜のツイッターでは、ランキング上位にオザケンというワードが長時間入っていたことも印象的だった。

例えば小沢健二の楽曲「フクロウの声が聞こえる」ではフーコーやデリタの脱構築論が秘められていたりする。

哲学者の思想を込めた歌詞や思想を広めるというよりも、今のこの時代や時期に於いて、必要な何かを発信している気がする。

また現在の日本が人命よりも経済優先ではないかと話題になっていたコロナ初期に、ふとあの児童文学を思い出した。

それがミヒャエルエンデの「モモ」。

モモの小説にはこんな一節がある。

「こうして子供たちは、ほかのあることを忘れていきました。」

お金で回っている世の中の法則や大人の利己的な考えが故に、子供にとって本来最初に身につけるべき感覚さえも失われてしまう恐怖。

経済中心で回っている世界にとって、ものごとの仕組みが知れ渡るというのは致命的なことのように感じる。

例えばコロナ初期に店頭からマスクが消えた直後、普通の10枚100円で売られていたマスクが1枚200円するほど稀少性が上がった。

でも、もしマスクが自分でも作れるという事がわかっていたら。

もしも、自分で作った布マスクも感染予防になるという根拠やお墨付きがあったら?

あの頃、高騰したマスクに群がらずに自作をしていた人が少しでも増えていたかもしれない。

勿論、使い捨てマスクは未だに最強で、簡単だし、それに99.5%のウイルス除去のお墨付きまである。

一方、布マスクについては、コロナの予防効果は低いという見解が最初の頃はあった。

日本が全世帯に布マスクを配布すると知れ渡った直後、偶然なのか必然なのか、WHOなどが布マスクでも感染予防に効果があると示し、今までマスクはコロナの感染予防効果はあまりないとしていたアメリカも効果ありと示したのは、とても興味深い話。

Mステで小沢健二が流動体についてを歌った。

その出だしが、

「もしも間違いに気がつくことがなかったのなら」

ではなく、

「神の手の中にあるのなら、
その時々にできることは、
宇宙の中で良いことを決意するぐらいだろう
無限の海は広く深く
それほどの怖さはない
宇宙の中で良いことを決意する時に」

のフレーズだったことは印象深い。

そう感じたオザケンファンは多いはずだと思う。

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